町制70周年記念式典(2025年3月14日掲載 )

更新日:2025年03月14日

町制70周年記念式典

令和7年2月10日に、町制70周年記念式典を行いました。
以下はその式辞原稿です。

本日、ここに、富山県知事 新田八朗様をはじめ、多くのご来賓のご臨席を賜り、町制七十周年記念式典を挙行できますこと、誠に有難く心から御礼申し上げます。

立山町は、昭和二十九年、一九五四年の一月十日、雄山町、利田村、上段村、東谷村、釜ケ渕村、立山村の一町五か村が合併して誕生しました。同年七月には新川村全域が編入合併しましたが、その半年後の昭和三十年一月に、新川村の一部、六集落が上市町に分離編入されました。よって、町制施行としては七十一周年、現在の町のかたちができて七十周年となります。

昭和二十九年は、立山ケーブルカーが運行を開始した年でもあります。皆様、ご承知のとおり、立山黒部アルペンルートの構想は、世紀の大事業と言われた、関西電力のくろよん、黒部ダムの建設が契機となりました。そして、立山町芦峅寺で生まれた佐伯宗義先生が、霊峰立山の直下にトンネルを開通させるという、偉業でもって完成したのです。

昭和三十八年に完成した黒部ダムからの税収は、昭和四十年竣工の役場庁舎建設費用をはじめ、町財政に多大な恩恵をもたらしました。昭和四十六年に全線開通したアルペンルートには、国内外から多くの登山者、観光客が訪れる山岳観光ルートとなり、富山県を代表する観光資源となっています。また、町民にとって重要なインフラである富山地方鉄道立山線が、記録が残る六十年前に比べて、その乗降客数が五分の一になったとしても、存続できているのはアルペンルートがあるお陰であると、認識しています。
私たちは、先人の情熱と努力に思いを致し、これを誇りとし、感謝の気持ちを持ち続けたいと思います。

昭和五十三年、当時の当局と議会は、老朽した木造校舎等を改築する財源にと、固定資産税率を上げることを決断しました。平成二十年からは学校の耐震化を進め、また、県下に先駆けて、教室にエアコンを整備し、さらに来年の夏頃までには学校体育館にもエアコンを設置すべく準備を進めています。昔も現在も、学校教育環境の整備を町政の“第一”として、取り組んでまいりました。
平成元年四月二十九日、第一回みどりの日に、町独自の「みどりの憲章」を定めました。前文に、「日出る立山連峰を源に緑豊かな森林と常願寺川の清流に育まれる立山町民は、母なる自然とともに生きるみどり維新の町を目指す」と記されています。その精神は、
栃津川の堤防に桜の苗木を植え、常願寺川堤防の桜並木を守るために炎天下、草刈りに励む地域住民に引き継がれています。

令和五年六月二十八日、白岩川上流域の集中豪雨により、平成十年以来の激甚災害に見舞われました。これまで整備してきた山々が崩れ、林道を塞ぎ、多くの農地も失われました。復旧にはあと五年はかかる見込みです。今年も雪が解ければ、一般の方は普段、訪れることのない山奥で、熊を警戒し、「おろろ」というアブと格闘しながら、下流域に住む「人」の暮らしを守るために復旧作業に従事する人。三年ぶりの大雪となりました。真夜中に、吹雪となれば、真っ白で何も見えない中、何時間も除雪車を動かす。明るくなる前に終えなければならないので、大概、誰も見ていないし、誰からも感謝の言葉も掛けられない。そういう「人」たちがいることを私は知っています。

ところで、この会場、このあたりは、もとは五百石小学校でした。昭和十七年にその五百石町と大森村、高野村、下段村が合併し、雄山町となり、その役場庁舎は、東に三百mほど、現在の五百石公民館と商工会がある場所にありました。

昨年十二月、そのすぐ近くで火事がありました。出火元は、昔、本屋さんを営んでおられました。類焼したまちなかファームがあった場所には、かつて、北陸銀行があり、まわりには料亭や映画館がありました。七十年前は、町で最も賑やかなエリアが五百石の中心部でした。いまは、その多くが空き地や駐車場になっています。

先人が「北部産業道路を」と声を上げた夢の橋、富立大橋が平成十七年に開通したことによって、工場や住宅の建設が進み、七十年前とは違った景色となりました。
谷口小学校や新瀬戸小学校と閉校が続き、人口減に悩んでいた芦見・白岩地域には、高級日本酒の酒蔵ができました。また、同じく閉校となった日中上野小学校に隣接したエリアでは、エステ、レストラン、宿泊施設などが次々と建設されています。

一方、かつては、物流の拠点、賑わいの中心でもあった五百石駅周辺、町の中心部が寂しくては、この町で生まれ育った者は、この町に誇りが持てなくなってしまいます。また、中心がしっかりしていないとまちづくりはできません。もちろん、行政にできることには限りがあります。その数少ないできることのひとつが、次世代に過度な負担を残さないために、複数の公共施設をまちなかに集約し、複合化することでした。

平成二十四年に竣工した元気交流ステーション「みらいぶ」がそれであり、今年一月に竣工した、防災児童館複合施設「アカリエ」も同様の方針で進めました。お陰様で、平日夕方のみらいぶでは、自主学習する中学生や高校生の姿が見られ、休日のアカリエは、遊具に夢中な幼いこどもたちの笑顔でいっぱいです。こどもたちは私たちの希望です。

第十次立山町総合計画では「資源を磨き 明日を拓く 美しい町 立山」を、目指す将来像に掲げています。先人が切り拓いてきた町の資源、それを、今を生きる私たちが磨き上げ、次世代の可能性にかける。そして、山や川、田園風景、街並み。何よりも、困ったときはお互い様、支え、支えられるご近所、そうした風景、美しい町を、皆で守っていく、そういう決意を、この節目に新たにしたいと思います。

結びになりますが、本日この式典にご出席いただいた皆様をはじめ、町民各位のご健勝とご多幸を、心からお祈り申し上げ、式辞といたします。

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